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いにしえの乙女たち
2009-11-01 Sun 09:29
NHKで放送されているアート鑑賞マニュアル「美の壺」という番組があります。10月16日教育TV放送分は「少女雑誌」でした。「少女雑誌」といっても現在発行されているものではなく、明治の末に生まれ大正から昭和10年代に、竹久夢二・高畠華宵・中原淳一といった画家が表紙を飾った、戦前の雑誌です。

1902年(明治35年)創刊「少女界」・1912年(明治45年)創刊「少女画報」などがあり、1908年(明治41年)創刊で100周年を迎えた「少女の友」の実業之日本社が「『少女の友』創刊100周年記念号」を出すなど、ちょっとした回顧ブームになっているようです。番組の中でも紹介されていましたが、ちょうど今以前話題にした弥生美術館で少女雑誌の展覧会も開催中(10月1日~12月23日)の様です。

さて、この番組の中で一番の注目は、何といっても昭和12~13年に「少女の友」に連載された川端康成の「乙女の港」が大変な人気だったということ。ミッションスクールを舞台に上級生と下級生が、「S(エス)」と呼ばれる友情を超えた疑似恋愛的関係を結ぶ物語です。その人気で、読者の中から選ばれた少女をモデルとして「乙女の港」を実演する誌面まで作られたとか。それが更に人気に拍車をかけ、当時のリアル女学校でも「エス」をまねることが流行したそうです。番組では、昭和15年に催されたという「少女の友」ファンの集いの様子も写真で紹介していました。戦前の乙女たちが、こういったイベントに多数参加していたというのも、驚きでした。

女学校と「エス」というのは聞いた事があります。でも2・26事件後のあの時代に、戦前のほんの束の間のことだったにせよ、少女雑誌発のそうした現象がありファンの集いまで持たれた、というのがちょっと驚きでした。昭和10年代というと、私の母たちから上の世代です。もう少し上だと、1903年(明治36年)生まれの森茉莉、1910年(明治43年)生まれの白洲正子、などの世代が「少女の友」世代になるのでしょうか。ご本人たちが読んでいらいしたか知りませんが…。白州さんは読んでなさそうですね。

ということで、当時の少女雑誌は、一方で「良妻賢母」をうたいながら、他方では少女たちが抱く恋愛への憧れに応えていたわけですね。今も百合モノ作品というのは書かれていますし、異性愛を仮託する意味を含んでのBL作品という部分では、当時の乙女たちが胸に秘めていた想いと、我々BL読みの想いというのは、どこか接点があるような気がします。

それともうひとつ当時の乙女たちの心を掴んだのが、工夫を凝らし手間をかけた素敵な付録の数々。今も大事に保管している方がいらっしゃる、というのも頷ける出来栄えでした。大塚英志さんが「『りぼん』のふろくと乙女ちっくの時代」で1970~80年代の私たち世代の少女時代とその背景について書かれてますが、時代背景とはまた別に、根本的な乙女の心情として相通じるものがあるのかなぁ、と思いをめぐらしました。

しかし世の中は日中戦争下、先のイベントもあった昭和15年後半には、軍の圧力によって「少女の友」も路線変更を余儀なくされました。表紙とともに「乙女の港」挿絵も描いていた中原淳一が降板。翌16年には太平洋戦争に突入するという時代でもあり、恋愛のテーマは姿を消し、銃後の守りを担う女性を扱うような戦時色の強い内容へと様変わりしていきました。そして終戦、高度経済成長、バブル崩壊、「少女雑誌」創刊より100年の時代を経て、何か連綿と伝わっているモノがある様に思えます。

折しも復刊ドットコムから復刊「乙女の港」のお知らせメールが来てました。川端康成や中原淳一の他「耽美・同性愛」特集に反応した人にも来たお知らせのようで、私はもちろん後者です(笑) 予定価格、4,725円ですか…高いですぅーこの本。

でも「乙女の港」が大変気になったので、図書館で借りてきました。偕成社のジュニア版日本文学名作選「伊豆の踊子」所収です。この挿絵は別の方なので中原淳一挿絵の本も予約中です。国書刊行会版ハードカバーのようです。まだまだ開期があるので弥生美術館にも行ってみたい。やっぱり高畠華宵の直筆画も見たいです。
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コメント
■こちらでは初めまして。
長らく、ヒトコさんがこんな素敵なブログを綴っていらっしゃることを存じ上げませんでした。
BLについてのさまざまな知識やお考えを、今読ませていただいているところです。

今回の記事に書かれた「美の壺」、私も見てました。戦前の少女雑誌に、あのような深い美があったことを恥ずかしながら、初めて知りました。
戦時色が強まるまでは、少女の心情に非常に近く寄り添った雑誌だったのだなと感嘆しました。あの技巧を凝らした付録にも驚きました。

番組を見ていたとき、「エス」のくだりで、私もはたと気がつきました。これって根っこはBLと同じではないかと。
昔の女学生たちと、感性を共有しているような、不思議な心持になりました。
時代は変われども、人の心の持ちようは基本的には変わらないのかな…とも思いました。


今回の記事とは関係ありませんが・・・
朝日新聞のサイトに「漫画偏愛主義」というコラムがあるのをご存知でしょうか?
松尾さんという女性記者の方が書いていらっしゃるのですが、BLが自分のファンタジーだと公言してはばからず、BLコミックをガンガン紹介していらっしゃいます。
もしよろしかったら、ご一読くださいませ。
2009-11-05 14:37 | URL | ちび丸まま #CiHyVkRQ | [内容変更]
ちび丸ままさん、こんな僻地までお越しくださいまして、ありがとうございます!
こっそり始めてお知らせてもしておりませんでしたが、この度開き直って母屋のサイトのTOP頁にリンク貼ってしまいました。更新もあんまりしてなくて、お恥ずかしいのですが…。

「美の壺」御覧になったんですね! ほんとうに、戦前の少女雑誌があのような魅力を持っているとは知りませんでした。

実はこの間の祝日に弥生美術館に行ってみたのですが、表紙や口絵そして挿絵となった作品、それに付録、どれも素敵でした。戦中戦後に軍部の圧力や紙の不足という逆境にも関わらず、休刊にすることなく発行し続けた、その編集者魂にもちょっと感動してしまいました。昭和30年、私たちには馴染みのある「りぼん」や「なかよし」といった少女漫画雑誌と入れ替わるように休刊になったそうでうすが、それも何だか感慨深かったです。

「エス」はやはり、今のBLに通じるものを感じますよね。時代は違えど、同じようなものに惹かれる何か共通の思いがあるのだろうと思います。

「漫画偏愛主義」知りませんでした。面白そうですね。ご紹介ありがとうございます!
2009-11-06 01:48 | URL | ヒトコ #hHr8eLEw | [内容変更]
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