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フジミ回顧録「コン・マスの光と影」
2008-07-18 Fri 01:17
「富士見二丁目交響楽団シリーズ」は、「寒冷前線コンダクター」が小説JUNE57号(1992年10月号)に掲載され、1994年4月から角川書店ルビー文庫での刊行が始まって以来、ご存知のように現在も続行中の長寿作品です。

私がこのシリーズの存在を知ったのは、98年の初め頃。前にも書いたように、パソ通で知合った秋月こおさんファンの方に紹介され、モノの見事にハマった訳です。その春には小説JUNEまで読むようになって、気が付けばあれから早10年の月日が流れていました。先日読んだ新刊を片付けようと、ここ数年分を合わせてフジミ関連の箱にまとめようと思ったら、懐かしいモノを見つけてしまいました。それは、フジミにハマった当時、印象に残った文章などを書き出していたノート・・・(笑)

それを見て思いだしました。あの頃フジミで泣けたツボを・・・。
96年2月発行の『未完成行進曲』所収「コン・マスの光と影」のお話です。

市民オケからやってきた芳野と、二丁目オケ(フジミ)のコン・マスにどちらが相応しいか争う事になった悠季。課題曲の「アリア」に行き詰る彼を、富士見川土手への散策に誘った圭は、川原におりてブロックの護岸にふたりで腰掛けながら、悠季の肩を抱いて語りかけます。
「僕が初めてきみのバイオリンを耳にしたのは、ちょうどこのあたりだった」
という愛の告白と、演奏家としての自分の資質を疑問視する悠季への慰めを・・・。

それを受ける悠季の目に映っているのは、夜の富士見川の流れでした。
黒い水が音もなくうねっていた。
僕は黒い水の流れに見入った。
その中に沈んで死にたいと思ったわけじゃない。艶をおびた闇が流れていくような夜の川の姿は恐ろしかった。恐ろしくて・・・目が離せなかった。
私は結婚当初に多摩川の側に住んでいた事があるので、その光景が目に浮かぶようでした。夜の川というのは、両岸が明るい街だったとしても、川と川原のある場所はその明るさが届かない真暗な空間を生み出します。本当に、闇に引き込まれそうな怖さがあるんです。それでいて、静謐で神聖な近寄りがたさを醸し出して、何だか人を拒絶しているようでもあるんです。宵闇の富士見川を眺める悠季の心情が、伝わってくるようでした。そして、圭は続けます。
「きみの音色は、僕の固くこわばっていた心にやわらかくしみ込んで、僕に音楽の美しさややさしさを思い出させてくれた。
・・・ここだけの話ですが、僕は泣いたのですよ。
・・・あれは、魂が渇望していたものと出会えた感動だったのだと・・・今にして思います」

「僕はきみを愛しています。
 音楽家としてのきみを愛している。それ以上に、人間としてのきみを愛している。きみという人が愛しくて愛しくてたまらない。
 しかし、どんなに愛していても、僕は僕できみはきみ・・・どんなに願っても、きみの苦しみをこの口に吸い取ってしまうことはできないんだ」

・・・だれにも助けられない自分自身との戦いに敗れてしまった僕を気づかって、僕のために泣いてくれている涙の味・・・
あの頃の悠季の自己嫌悪癖には、イライラしながらも、ついつい感情移入しっちゃてたんですね。既婚30代子持ち専業主婦。世間的には充分大人である自分が、実は誰かに認められ慰められたい願望と、無条件で受け入れられる愛情を求めている、思春期の子どものような甘えを抱いている事実に気付かされてしまった・・・。

今思えば、フジミとの出会いは、そんなモヤモヤした自分との出会いでもあったんです。そしてフジミをきっかけにBL作品を知ってしまった私は、訳も解らずに中毒のようにルビー文庫などを読み漁り、色々と思うところもありましたが、気が付けば10年もBL読み続けているわけです。

フジミおそるべし! そしてありがとう・・・。
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