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「やおい論」的サイト
2006-01-29 Sun 15:43
ファンサイト系のものから、少し硬めの学術系まで、今までに見つけた「やおい論」についてのサイトを紹介してみます。

「蜜の厨房」
質量ともに読み応えのあるやおい論が展開されています。

「ふな的やおい考」
日記書評系サイト「ふなふな企画」さんにあるやおいに関するコーナーです。

「少女漫画の館 『やおい語りをいつまでも』 」
批評系サイト「まこりんのわがままなご意見」さんのなかにある、やおい論のコーナーです。

「なつみ文庫」
ボーイズラブについてや、やおい同人誌についての記述があります。

「仇花の記憶」
メールマガジン「仇花の記憶」のバックナンバーコーナーです。

「やおらヤオラ―研究」
非ヤオラーによる、ネット上でのヤオラーの行動研究です。

「『やおい』とは何か? 」
「野阿 梓 ホームページ」内のやおい論。

「日本やおい学会」
ヤオラー&非ヤオラーの2人によるサイト。休眠中のようですが、参考までに。

「ボーイズラブの本質」
創作文芸支援。書評サイト「PowerGun」の創作概論―小説の書き方―のコラム編にあります。

「やおい少女の来し方行く末」
富山大学人文学部人文学科社会学コースの研究室「卒業論文・修士論文ライブラリ」1998年の中に掲載されています。

「『女性向け男性同性愛ファンタジー』についての調査研究」結果報告」
文教大学人間科学部臨床心理学科の卒業研究のためのアンケートをまとめたものです。

「少女マンガ論」
早稲田大学 井桁研究室 1999年度卒業論文集の中にあります。

サイト検索などで見つけて注目したサイトを紹介してみました。全てを読もうとするとかなりの量ですので、私も未だ読んでいない部分もあります。時間を見つけてゆっくり読ませていただこうと思っています。
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小説道場( 中島梓 著 )
2006-01-29 Sun 02:28
作家栗本薫でもある著者が、1984年から95年まで、71回に渡って雑誌『JUNE』『小説JUNE』〔(株)マガジン・マガジン 発行 〕誌上に連載した投稿作品評。1986年に『小説道場』Ⅰ・Ⅱとして新書館より発行され、その後92年8月に改めて『新版・小説道場』として光風社出版から刊行され、97年10月までに全4巻が発行されました。

JUNE誌はご存知の様に、主に女性読者を対象に女性作家が書く、男性同士の性愛を含む恋愛を軸にした物語を扱った雑誌です。中島梓さんが道場主として投稿作品評を掲載し始めたのは、このジャンルにボーイズラブという呼称が定着するより以前でした。現在に比べるとまだまだ特殊なジャンルと思われていただけに、中島さんが投稿者に度重ねて問いかけるのは、「何故この系統の作品を書かねばならないのか」と言う、書き手の内面への問題意識の確認でした。

とにかくこのジャンルの小説に対する、中島さんの並々ならぬ熱意が伝わって来ます。道場と言うだけあって、投稿者と評者との一種の闘いの場であったので、時としてかなり手厳しい個人批評があり、叱咤激励の言葉が投げかけられるのでした。それはまた、深い共感と理解でもありました。中島さんも書いておられましたが、たしかにセラピーの様にも感じられました。

講評の後、道場主は投稿者に級・段位を与えるシステムで、もちろん優秀作はJUNE誌に掲載されました。最高段者だったのは『私説三国志』の江森備さん。その他、秋月こお、柏枝真郷、鹿住槇、尾鮭あさみ、須和雪里、金丸マキ、佐々木禎子の各氏など、ここで高段者に名前を連ねた方たちの中には、今もこのジャンルの実力派人気作家として活躍している人が多数いらっしゃいます。「魚住くんシリーズ」の榎田尤利さんも中島梓道場主最後の講評に名を連ねていました。

私自身小説道場を参考に色々な作品を読ませていただきました。そして全編に渡って「やおいとは何なのか」を問いかける姿勢のすごさ、4巻に掲載されている「やおいゲリラ宣言」も刺激的で、個人的にBLのバイブルと言ってもいい本だと思っています。

たとえばJUNE史に残る名作であろう野村史子さん著『テイク・ラブ』への講評は下記の通り。
JUNE小説とは結局、人間の孤独、見すてられた幼な子の孤独、救い、愛、妄執、他の存在への「思い」、そういったものにつきつめられてゆくのだなあと思う。こういう作品を読むと、それがとてもよくわかる。『風木』だって『しまりんご』だって『トーマの心臓』だってそうだ。人と自分、自我と自我、愛と孤独。男同士であるかないか、などということは結局あとからついてくるディテールでしかないと思う。そういう「思い」があること、それを人に伝えたいとのぞむこと、それが大切なのだ。 ( 『新版・小説道場』1巻 第17回の評より )
   <注>
   『風木』・・・・・・・・・・・竹宮恵子 著『風と木の詩』 
   『しまりんご』・・・・・木原敏江 著『摩利と慎吾』
   『トーマの心臓』・・・萩尾望都 著)
JUNE小説とは何なのかを、作者と読者、時に評者自身の内面に向かって探求していく書評は、なかなか他にはないと思います。どうしてもその小説を読んでみたいと、それこそ「まんだらけ」でJUNEのバックナンバーを探してしまった事もありますし、時に中島さんの言葉に涙してしまった事もあります。

『テイク・ラブ』については、「JUNE発掘隊」さんの「野村史子」さん作品でも詳しく紹介されています。私の印象では、耽美と呼ぶには社会派という方が近い設定で、ボーイズラブという軽い呼称には馴染まない、その切なさとほの明るいラストシーンが胸に迫る、まさにJUNE小説という作品です。

「小説道場投稿作品リスト」を作りました。参考までにご覧ください。
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「メメント・モリ」について
2006-01-28 Sat 18:56
「メメント・モリ」とは、「死を想え」という意味のラテン語の宗教用語で、ヨーロッパ中世末期にさかん使われた言葉だそうです。藤原新也さんが写真と文章で綴った同名の著書によって、この言葉を知りました。

「死」を想うことは、そこに至るまでの「生」を考えるための方法論でもあるように思います。宗教や哲学も、その中から生まれた古人の智慧だったのでしょう。特定の宗教や思想哲学は持っていませんが、毎日を生きる上で、どんな信条が支えになっているのだろうかとか、どういう言葉に影響を受けただろうか、などをあらためて振り返ってみようと思います。

一頃私のまわりでもブームになった「自分探し」や「癒し」というキーワードなどもそうですね。何だか心惹かれたそれらの後に「アダルト・チルドレン」に関する本が多数出版された時期もありました。1995年の阪神大震災とオウム事件では、「PTSD」や「マインド・コントロール」「イニシエーション」などという言葉が広く一般に知られる様になりました。そして何より「安全神話の崩壊」が寄る辺なき日本人の心を浮き彫りにした様な気もします。個人的には密かに「1995年ショック」と呼んでいる、そのあたりの事も考えてみたいと思います。
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「セクシュアルライツ」について
2006-01-27 Fri 21:42
人間には男と女がいて、男は「男らしく」女は「女らしく」成長し、思春期を迎えて恋をし、やがて結婚して家庭を築き、子どもを育てる。私は、それが、あたりまえの事だと思って大人になりました。しかし、そのあたりまえを実践することが、誰にとっても「ほんとうに自分らしい生き方」なのでしょうか?そのことについて、あらためて考える機会を与えてくれたのが、同性愛者の立場から、その正しい情報を伝えようと活動されている「すこたん企画」でした。何故こんなにボーイズラブ(BL)なるモノが密かに隆盛を極めているのか。そもそも何故自分がそのBLにハマったのか。著者も読者も大多数が異性愛者の女性であるのに、どうして男性同性愛に仮託した物語を必要とするのか。それを考える手掛かりとして、現実の男性同性愛者が置かれている状況はどうなのかを知りたいと思いました。その時に出あったのが、すこたん企画の伊藤悟さんが書かれた『同性愛の基礎知識』(1996年あゆみ出版発行)でした。この本は残念ながら出版社の倒産で絶版になってしまいましたが、2000年11月に全面的に加筆・修正し、最新情報を加えた改訂版として『同性愛がわかる本』が明石書店から出版されています。

この本を手始めに、サイト情報から講演などにも出かけ、関連の本なども読んでみて、同性愛者だけではなく、トランスジェンダー(心の性と体の性が一致していない)、インターセックス(男女の中間的体である)など、一様ではないセクシャル・マイノリティー(少数派)の方々がいることも知りました。彼らが、少数派である事を自覚し、そういう自分らしさを大切にして生きていこうとする姿に、自分が、漠然と多数派にいることで「自分の性と生・自分らしさ」を見据えることから逃げていたのだ、と気付きました。

“人間と性”教育研究協議会(性教協)の代表幹事をなさっておられた故・山本直英さんは、「セクシュアル・ライツ」(性は人権)という考えを、性教育の中できちんと伝えることを提唱されていました。生前の山本さんがそのお話をなさっているのを、たまたまNEWS23か何かで聞いたのですが、とっても共感を覚えました。まさに「性と生」は、自分自身の存在の本質に関わる重要な問題です。セクシャル・マイノリティーの方や、ジェンダー(社会的文化的性別)からの解放を願う方からのメッセージ、多数派である異性愛者の抱えている問題などを知って、もう一度「自分にとっての性と生とは?」そして「自分らしさとは?」を問い直させられる事になりました。

BLに出会った事が、それを考えるきっかけになったのですから、BLにハマったのは自分にとって意味のある事だったのだと、今は思っています。
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「まんだらけ」で見つけたモノ
2006-01-25 Wed 21:55
私が初めて目にした「やおい」は、ドラゴンボールの二次創作小説でした。その本を見つけたのは渋谷の「まんだらけ」。今ではすっかり有名になった漫画専門の古書店ですが、10年前は「まんだらけ」自体パソコン通信の話題で初めて知った情報でした。

TVアニメの「ドラゴンボール」が始まったのは1986年。私は既に結婚しているような年でしたが、「めぞん一刻」見たさにアニメタイムのフジTVにスイッチONして、前番組だった「ドラゴンボール」も何となく見ていたら、子ども向けなのに面白くて毎週見るようになりました。本格的にハマったのは、1995年にジャンプ連載が終了した後。原作コミックを一気に読んで、ベジータというキャラに強く惹かれたからでした。今思えば、ベジータにハマったのが、ボーイズラブに出会うきっかけだったのかもしれません。阪神大震災とオウム事件があった1995年は、色々な意味でターニングポイントとなった年でした。

「ドラゴンボール」にハマって、原作や地元書店や図書館で入手できる関連本を読んだ後、やっぱり読んでみたいと思ったのが同人誌でした。しかし、コミケに行く程の勇気も気力もない、と思っている頃に知ったのが「まんだらけ」でした。当時の渋谷店は現在とはちょっと違う場所にあったのですが、今以上に入り難い雰囲気でした。それでも勇気を出して入ってみると、中々の混雑ぶりにビックリ。更に様々なジャンルの同人誌が沢山あってビックリでした。

同人誌といっても、最初「やおい」に興味はありませんでした。読んでみようと思ったのは、ベジータ×ブルマとか悟空×チチとかの所謂ノーマルカップル物やほのぼのギャグ物。でも同人誌を物色しているうち、恐い物見たさの様な気持ちもあって、向学の為にも(笑)と1冊位買ってみようと決めました。書名とかサークル名は忘れましたが、それはサブタイトルが「ベジータ総受本」という小説本で、ベジータ×ブルマの話も入っているのにベジータは(たぶん心情的に)「受」というコンセプトでした。

「やおい」というモノの存在を知った目で原作を読んでみると、ライバル関係や敵対関係における対立や憎悪が、相手を意識する気持ちが強ければ強いほど、相手の存在をどうしても必要とし追い求める一種の求愛の様に思えてきます。「ドラゴンボール」のベジータならば、その相手は主人公の悟空です。そうしたらやっぱりありました、悟空(カカロット)とベジータのカップリング。それはもう王道でした(笑)。

「やおい」においては、そのキャラが「攻」か「受」かが重要な問題で、同じ悟空とベジータのカップリングでも受攻が入れ替わると拒否反応を示すファンもいるようです。私はどちらかと言うとベジータ「受」のカカ×ベジ派(?)でしたが、悟空が「受」のベジ×カカを書いてる(描いてる)方も沢山いらしゃいました。でも何となく、ベジータファンにはカカ×ベジ派が多い様な気がしました。「攻」=愛する者、「受」=愛される者、とういう構図になっているからなのか、自分の好きなキャラが愛される者であって欲しいという気持ちによるのかもしれません。

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「やおい」って何?
2006-01-19 Thu 22:28
そもそも「やおい」という馴染みの無い言葉を初めて目にしたのは、今から10年位前の事。当時参加していた既婚女性だけの会員制パソコン通信フォーラムの趣味会議室の書込みによってでした。


会員は20代から70代と幅広い世代のミセス達でしたが、その時の話題は漫画やアニメについてで、主に私と同世代の当時30代の人達が発言していました。その中でコミケ(同人誌即売会)に行った話やアニパロについての話が出てきて、突然「○○のやおいはあった?」「××のやおいもあったよ」という遣り取りになった訳です。初耳でした「やおい」。でも書込みを読んでるうちに、それが何を意味するのか概ね解って来ました。

それまで同人誌即売会というのはオリジナルが主流だと勝手に思っていたので、アニパロが多く描かれていてると言うだけでも「へぇ~!」だったのに、「やおい」なんてモノまであるとはかなり驚きでした。何しろ、それより更に5年位前までは、同人誌と言えば「新思潮」「白樺」の流れを汲むような文芸系を思い浮かべていたくらいですから。成人になっても漫画やアニメは見てましたが、1989年に宮崎勤の連続幼女殺害事件でコミケがクローズアップされるまで、コミックマーケットも商業誌中心の見本市的なモノだと思っていましたし。世の中にネットというモノがなかったら、未だに「やおい」や「ボーイズラブ」の意味を知らずに過ごしていたかもしれません。

そんな私が「やおい」とは何かを知った当初、男性(男の子)キャラに同性愛をさせるパロディーなんて、原作に対する冒涜なのではないかと言う印象をもちました。ファンがどうしてそんなモノを描きたいのか、あるいは読みたいのか、理解出来ませんでした。

それが解るようになったのは、実際に自分が好きな漫画の「やおい」同人誌を見て、ネット上で知り合った「やおい」も描く同人作家さんにお話を聞いてからです。原作というよりキャラクターに対する思い入れの強さと、少年漫画の中では語られない彼らの内面の葛藤や他者(ライバルなど)への愛憎を、「やおい」という形で描いた、同人作家たちのキャラ論でありファンレターでもあったのです。 「山なし、落ちなし、意味なし」が語源などと言われる「やおい」ですが、それを描く人読む人には、それぞれに意味のあることなのだと思える様になりました。

ただ、原作漫画やアニメをよく知っていても、そのキャラ達に深い思い入れが無い場合、単なるパロディーの二次創作なら楽しめても、そのキャラをカップリングした「やおい」からは何の感慨も得らないかもしれません。思い入れがあっても、自分がそのキャラに感じる「受け」か「攻め」か、というポジショニングが逆転したら受け入れ難いと思う場合もあります。そんな訳で、同じ作品の二次創作でも、色々と好みが分かれる問題です。
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「ボーイズラブ」について
2006-01-19 Thu 22:27
ちょっと大きな書店に入ると、ヤング向けの文庫本や新書版ノベルズ専用の棚が設けられています。そこに並ぶ沢山の作品の中に、「ボーイズラブ」(BL)とよばれるジャンルがあります。

男性同士の恋愛を中心に描かれたこれらの作品は、主に女性読者向けに女性作家が書いているもので、男性同性愛をモチーフにしていながら「ゲイ文学」と呼ばれる事はありません。20年以上前に創刊されたこのジャンル専門の雑誌「JUNE」(マガジン・マガジン)にちなんで、「JUNE小説」または「耽美小説」「やおい小説」とも言われ、非常に特殊なジャンルと思われがちでしたが、次第に読者を増やし、90年代に入ってヤング向け文庫を扱っている大手出版社も参入し、文庫・新書は出版界でも無視できない発行部数になりました。「ボーイズラブ」という呼び方が使われるようになったのも、その頃からのようです。

「JUNE・やおい・BL」のカテゴリでは、これらの作品群をめぐっての、私なりの感想を紹介しようと思います。そして、異性愛者である自分が何故、男女の恋愛ではなく男性同士の恋愛を扱った作品に惹きつけられたのか、そのメンタリティーやセクシュアリティーとの関連についても考えてみたいと思います。

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はじめまして。
2006-01-19 Thu 22:25
このblogでは、40代既婚子持ちの私自身が、個人として女性として感じている事の中で、今まではちょっと言い難いなぁと思っていた、ボーイズラブについての問題を中心に、時にはジェンダー(社会的文化的性別)やセクシャリティー(性と生)、宗教や心の問題などにも触れてみようかなと思っています。

「グラスエイジ」というタイトルは、
さだまさしさんが1984年に発表したアルバム「Glass Age」からいただきました。

* * * * * * 「グラス・エイジ」 * * * * * * * * * * * * * * * * * *

思い起こせば、誰もが心あたりのある時代。
「青春」グラス・エイジは、
個々の感性によって「時代」としての時期が異なるものなのだ。

歳と傷と垢とで形は変わってしまった様に見えることがあるけれど、
「こころ」がそう簡単に腐ってたまるか。
生きている限り、このこころは、こわれ易い「グラス・エイジ」なのだ。

* * * * * * * * * * さだまさし「Glass Age」ライナーノーツより * *

「論語」に、

子曰はく、吾十有五にして学を志す。
三十にして立つ。 四十にして惑わず。
五十にして天命を知る。 六十にして耳順(したが)ふ。
七十にして心の欲する所に従って、矩(のり)を踰(こ)えず。

という有名な孔子のことばがあります。
この中で、40歳は「不惑」と言われますが、実際にその年齢に達してみても、日々惑う事ばかりです。大人の振りをして生きていても、幾つになっても心はいつも「グラス・エイジ」なのかもしれません。

◇当blogのカテゴリについて◇

「JUNE・やおい・BL」このジャンル全般についての状況、作品や読者をめぐる話題。
「BL関連本の話題」このジャンルに関連した本の紹介、感想など。
「書店徘徊・BL全般」書店図書館巡りの話題と、書籍以外のBL系関連作品の話題。
「BL周辺の作品」BL系の枠外だけれど、関連がありそうな作品の紹介、感想など。
「BL小説の話題」BL系小説作品全般の話題。
「BL漫画の話題」BL系漫画作品全般の話題。
「セクシュアルライツ」BL系に限らず、ジェンダー・セクシュアリティーの問題など。
「メメント・モリ」BL系に限らず、生と死の問題・宗教や哲学・自分探し問題など。

※ ボーイズラブについては、
JUNE、やおい、耽美などと称される作品すべてを含めて、
ひとつのジャンルだろうと認識して扱っています。
総称してBL系とすることもあります。




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| グラス・エイジ |
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