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フジミ実写映画のメイキング
2011-12-23 Fri 11:02
フジミ実写映画ですが、本編に先駆けてメイキングDVDが発売されるようです。
メイキング発売は密林さんで見つけたんですが、公式サイトも出来てました。
タイトルは「寒冷前線コンダクター」なんですね。
主役お二人の画像もみられます。
やっぱりイメージが…。役者さんのせいじゃないんですけどね。

悠季:高崎翔太、圭:新井裕介、で他のキャストは、
林明寛/馬場良馬(この方々と主役お二人はテニミュ共演者。イガちゃんはどちら?)
岩田さゆり(奈津子さんなんだろうなぁ…)
NAOTO(ヴァイオリニストの方だそうで)
木下ほうか/宮川一朗太/徳井優/国広富之(ニコちゃんは誰?)

脚本:板谷里乃/箱田森介
監督:金田敬(「愛の言霊」「純情」の)

悠季と圭という架空の人物の三次元イメージは、
西炯子さんのイラストで出来上がったものが強いのと、
原作では設定年齢より老成してる感じがあるのと、
現在を舞台にしても実は20年前の若者の姿だということ、
そんなこんなで、実在の若い俳優さんで見ると無理があるなぁ。
BLって実写映像よりやっぱりドラマCDがいいよなぁ、
と思ってしまいます…。フジミも映画より新作ドラマCDを希望!

でも「愛の言霊」の監督さんなのと、おじさま俳優さん達がどの役をどんな風に
演じられるのかに興味をもったので、ちょっと見てみたいかもと思いました。

P.S.
「エンタメ~テレ 最新映画ナビ」にも記事掲載されてます。
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フジミ回顧録「春の嵐」 
2008-07-19 Sat 22:36
引続き「富士見二丁目交響楽団シリーズ」で泣けた話なんですが、一番の思い出は、実は原作ではなくてCDでした。それもマガジン・マガジンのドラマCDではなく、悠季:堀川亮さん、圭:安井邦彦さんのソニー版イメージ・アルバムの方です。ドラマCDの方は、悠季:置鮎龍太郎さん、圭:増谷康紀さんで、こちらを聴いてらっしゃる方のほうが多いかもしれませんが・・・。

パソ通でフジミを知ったと毎度書いてますが、そもそも話のキッカケは堀川亮さんでした。当時ドラゴンボールにハマっていて、登場人物の中では特にベジータが好きだったんですが、アニメでその声を担当されてたのが堀川さんだったんです。声優さんには詳しくなくて、堀川さんが他にどんな役をされているのか全く知らなかった私に、パソ通仲間が色々と教えてくれました。その中で一番驚いたのが悠季の役でした。

その時紹介された原作小説「フジミ」にとても興味をもって、読んでみたらハマった訳ですが、CD聴くならソニー版ということで、置鮎龍太郎さんの悠季はレンタルで見たOVA以外聴いたことがありません。ちなみに他のBL系CDも、フジミのドラマCDも含めて全く聴いた事がないんです(^^;)

ところで、悠季とベジータってもの凄くギャップがあると思ったんですが、実際に聴いてみると堀川さんは全くの別物に演じてらしたので(って当たり前ですが)、堀川悠季に違和感はありませんでした。そして何枚か聴いた中で、悠季のしみじみと語る場面が印象に残ったのが『春の嵐』(97年3月発売)でした。

97年といえば、原作文庫は悠季の日コン挑戦が書かれた『アレグロ・アジタート』が出た頃で、このCDもその頃を想定している様子でした。シチュエーションは、M響の地方公演に出かけた圭と留守番の悠季が、電話でのやりとりをするという設定です。

「きみと出会った頃の事を思い出していました」という圭に、
「ならほんの1年前の事じゃないか」と返す悠季・・・。
圭 「僕にとって、きみと出会う前の事は、10年も昔の記憶のようです。きみと出会うまでの僕は、どうやって毎日を生きていたのか、もう思い出せないくらいだ」

悠季 「そうだよなぁ。僕としては、きみと出会う前の僕って、孤独な奴だったなぁ、ってね、思う。あの頃はそんなふうに思ったことはなかったけどさ、今から思うと、よくあんなに一人ぼっちでやってたなぁ、って・・・」

圭 「では、お互い出会えてよかったということで」

悠季 「うん。もしきみと出会ってなかったら、僕は一生孤独なままで過ごしちゃったじゃないかと思うよ。そりゃ、友達付き合いとか、たぶん結婚もいつかはしただうけど・・・。でもそういうのって、その人間が孤独かそうじゃないかとは、あんまり関係なくってさ。何ていうか、ほら、誰との関係も付き合いまでにしちゃうっていうか…。

心の底まで曝け出す人間関係って、自分からは作れない人間でさ。だから本当の僕がどういう人間なのかなんて、誰にも知ってもらえないまま、そういう僕って孤独な存在なんだ、なんて事にも気が付かないまんまで、一生を終っちゃったじゃないかなぁ、なんてね、思う。だから本当に最初はどうなっちゃうんだろうとか思ったけど、きみと出会えてラッキーだった。電話だからね、こんな事話せるのは」
この悠季の語りを初めて聴いた時、不覚にも泣いてしまったんです。今聞いても泣かないですし、こうして文字にしてみると更に泣く程の話ではない気がするんですが、目で文章を追うのと違って、耳から入ってくる語りかけは、何だか色々とグルグルしていた当時の自分には、思わぬ不意打ちだったんです。
JUNE小説とは結局、人間の孤独、見すてられた幼な子の孤独、救い、愛、妄執、他の存在への「思い」、そういったものにつきつめられてゆくのだなあと思う。・・・人と自分、自我と自我、愛と孤独。・・・そういう「思い」があること、それを人に伝えたいとのぞむこと、それが大切なのだ。
と、『小説道場』で中島梓先生は言っておられましたが、それを提示して、尚且つその「思い」を肯定的に捉えてやがて報われるものとして語る、それがフジミという物語なのだと思います。そこが古典的JUNEとは少し違っている所かもしれませんね。上の悠季の話は、それを随分と解りやすく語ってくれている訳で、ある意味説明的過ぎるとも言えるくらいです。それがかえって、当時の私には泣けた原因だったのかもしれません・・・。

人間はそれぞれに孤独な存在であるわけですが、他者との関係を密にして、かえってそれを自覚してしまうのが怖いこと思うこともあります。ポーカーフェイスという仮面で唯我独尊を装っていた圭も、八方美人という仮面で人当たりの良かった悠季も、どちらも無意識に(かな?)理性で他者を拒絶していました。でもそれは、内なる魂が希求する他者との関係から目をそらすことであり、その思いが強いからこその臆病さでもありました。

そんな二人が出会い、張り巡らしていたバリアを壊して、自閉的な安全地帯から出てでも向き合いたいと思ったこと、互いがその後押しをする存在に成って行くこと、そんな理想的な相思相愛の姿がそこにはありました。現実の人間関係では中々実行出来ない、だからファンタジーだと思うことも、己の不甲斐なさを自覚させられることもありましたが、そこに癒しを感じていたことも確かです。
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フジミ回顧録「コン・マスの光と影」
2008-07-18 Fri 01:17
「富士見二丁目交響楽団シリーズ」は、「寒冷前線コンダクター」が小説JUNE57号(1992年10月号)に掲載され、1994年4月から角川書店ルビー文庫での刊行が始まって以来、ご存知のように現在も続行中の長寿作品です。

私がこのシリーズの存在を知ったのは、98年の初め頃。前にも書いたように、パソ通で知合った秋月こおさんファンの方に紹介され、モノの見事にハマった訳です。その春には小説JUNEまで読むようになって、気が付けばあれから早10年の月日が流れていました。先日読んだ新刊を片付けようと、ここ数年分を合わせてフジミ関連の箱にまとめようと思ったら、懐かしいモノを見つけてしまいました。それは、フジミにハマった当時、印象に残った文章などを書き出していたノート・・・(笑)

それを見て思いだしました。あの頃フジミで泣けたツボを・・・。
96年2月発行の『未完成行進曲』所収「コン・マスの光と影」のお話です。

市民オケからやってきた芳野と、二丁目オケ(フジミ)のコン・マスにどちらが相応しいか争う事になった悠季。課題曲の「アリア」に行き詰る彼を、富士見川土手への散策に誘った圭は、川原におりてブロックの護岸にふたりで腰掛けながら、悠季の肩を抱いて語りかけます。
「僕が初めてきみのバイオリンを耳にしたのは、ちょうどこのあたりだった」
という愛の告白と、演奏家としての自分の資質を疑問視する悠季への慰めを・・・。

それを受ける悠季の目に映っているのは、夜の富士見川の流れでした。
黒い水が音もなくうねっていた。
僕は黒い水の流れに見入った。
その中に沈んで死にたいと思ったわけじゃない。艶をおびた闇が流れていくような夜の川の姿は恐ろしかった。恐ろしくて・・・目が離せなかった。
私は結婚当初に多摩川の側に住んでいた事があるので、その光景が目に浮かぶようでした。夜の川というのは、両岸が明るい街だったとしても、川と川原のある場所はその明るさが届かない真暗な空間を生み出します。本当に、闇に引き込まれそうな怖さがあるんです。それでいて、静謐で神聖な近寄りがたさを醸し出して、何だか人を拒絶しているようでもあるんです。宵闇の富士見川を眺める悠季の心情が、伝わってくるようでした。そして、圭は続けます。
「きみの音色は、僕の固くこわばっていた心にやわらかくしみ込んで、僕に音楽の美しさややさしさを思い出させてくれた。
・・・ここだけの話ですが、僕は泣いたのですよ。
・・・あれは、魂が渇望していたものと出会えた感動だったのだと・・・今にして思います」

「僕はきみを愛しています。
 音楽家としてのきみを愛している。それ以上に、人間としてのきみを愛している。きみという人が愛しくて愛しくてたまらない。
 しかし、どんなに愛していても、僕は僕できみはきみ・・・どんなに願っても、きみの苦しみをこの口に吸い取ってしまうことはできないんだ」

・・・だれにも助けられない自分自身との戦いに敗れてしまった僕を気づかって、僕のために泣いてくれている涙の味・・・
あの頃の悠季の自己嫌悪癖には、イライラしながらも、ついつい感情移入しっちゃてたんですね。既婚30代子持ち専業主婦。世間的には充分大人である自分が、実は誰かに認められ慰められたい願望と、無条件で受け入れられる愛情を求めている、思春期の子どものような甘えを抱いている事実に気付かされてしまった・・・。

今思えば、フジミとの出会いは、そんなモヤモヤした自分との出会いでもあったんです。そしてフジミをきっかけにBL作品を知ってしまった私は、訳も解らずに中毒のようにルビー文庫などを読み漁り、色々と思うところもありましたが、気が付けば10年もBL読み続けているわけです。

フジミおそるべし! そしてありがとう・・・。
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誰がためにミューズは微笑む
2008-07-14 Mon 01:29
秋月こお 著  イラスト 後藤星
角川ルビー文庫 2008年7月1日発行

富士見二丁目交響楽団シリーズ第6部新刊です。前の感想から1年2ヶ月、その間に「アンダルシアのそよ風」「螺旋のゆくえ」と2冊でまして、二人の関係が新たな局面を迎えている今作となりました。
前作「螺旋のゆくえ」で、ソリストとしてM響と共演した悠季と指揮者の圭は、曲の解釈をめぐって揉め、自分を見下したとも取れる圭の失言に悠季は心穏やかではいられなかった。演奏会は成功したものの、二人の間にはしこりが残ったままになった。そして迎えた今作、冷戦状態の悠季に内緒で、彼の教え子たちに力添えする約束をしてしまった圭。怒り爆発の悠季は、何と家出をして別居に踏み切るのだが、その行き先はかつて圭と暮らした五十嵐の部屋だった・・・。
昔々、圭の想いを受け留めかねて悩んだ悠季。圭を愛するようになり、その愛を失う事を恐れ自虐的になっていた悠季。愛する圭を守りその想い応えたいと、勇気をもって立ち向かった悠季。そして今、愛すれど譲れない自身の内面の問題や圭の過去への嫉妬に葛藤する悠季。

二人の関係がラブラブ安定マンネリに陥りそうだったところへ、少しハラハラな展開になって来ました。絶対壊れはしない、ステップアップするだろう二人の関係ですが、互いに愛し信頼し合ってはいても、最期は譲れない自分というものを持っている他者である二人が、どう折り合いを付けて行くのか楽しみです。

ちなみに圭の過去とは、「その青き男」所収の「ある革命」で語られた女性問題です。「ある革命」のもうひとつの過去は悠季に話したけど、更にヘビーなこっちの問題はどうするんだろう、と気になっていたんです。ここで、こんな風に出てくるとは思いませんでした。

今回はまた、ブリリアント・オケでの高嶺との共演もあって久々に海外の話もあります。もちろんソラ君も登場。圭の高校時代の知合い「変人倉」の老人方と悠季の対面場面をはじめ、桐院家の執事井沢さん、弓張りの玄道さん、ニコちゃん石田氏、熟年キャラも健在です。
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逡巡という名のカノン
2007-04-30 Mon 13:26
秋月こお 著  イラスト 後藤星
角川ルビー文庫 2007年5月1日発行

書下ろしの表題作の他、昨年11月発行の雑誌「The Ruby」掲載『過去と未来のロンド ハ長調』を所収した、富士見二丁目交響楽団シリーズ第6部新刊です。5月1日発行になってますが、地元書店で4月27に購入できました。前作『嵐の予感』に引続き、フジミ定演前の夏の物語です。
圭の日記を見てしまった悠季は、新進気鋭の指揮者として世界的活動を始めた圭の悩みを知る。契約しているエージェントの商業主義的方針と、自身の目指す音楽活動との隔たり。その不本意な音楽活動が、愛する悠季との生活から自分を引離していく不満。その一方で、自分の成功を喜んでくれている悠季の期待に応えたい思い。その間で逡巡する圭の葛藤を知った悠季は、圭を救いたい思うのだが・・・。

学生オケの夏合宿に引率者として駆り出された新人講師悠季の苦労話、定演に向けてメンバーの一致団結を図るフジミのガーデンパーティ、エミリオ先生のレッスンなどの話を織り交ぜた、フジミ定演終了までを描いた物語。

そして『過去と未来のロンド ハ長調』は、圭の思い出のアルバムに偶然写ってた悠季の姿をめぐる、二人のほのぼのタイムを描いた短編です。
以前の感想で、このシリーズはもはやBLでなくてもいいのではと思えると書いたのですが、この作品を読みながら、やはり私にとってフジミシリーズはBL的心の故郷なかもしれない、とあらためて思いました。読み始めた頃と違って、二人の恋愛関係をめぐる緊張感はあまりもう感じませんが、二人の伴侶としての在り方や、彼らを中心に繰り広げられるフジミワールドの人々が描き出す人間関係は、何か初心に帰るような思いと、温かさを感じさせてくれます。それはまたBLにハマった頃の混沌とした気持ちを思い起こさせてくれるものでした。

私が初めてフジミと出会ってから10年、その時すでに小説JUNE連載開始から5年が経っていました。今回物語の中で、圭は27歳の誕生日を迎えていますが、24歳の誕生日プレゼントとして悠季が故郷新潟へ圭を連れていて行ってから丸3年です。あの時、両親の墓前で生涯の伴侶となる事を誓い合ったんですよね。圭と悠季の時間は3年しか経っていなくても、読者である私には10年という時間が流れているので、物語の流れ以上に二人はすっかり年季の入ったカップルに思えてしまいます。でも3年くらいじゃ、実はまだまだ新婚さんみたいなもんだったんですね(笑) 長く続いてるシリーズって、そこらあたりの時間の把握が出来なくなってきますね。・・・タクミ君の20年近くでたった1年半は、物語が進んでいるというより、既に「サザエさん」や「こち亀」の領域に近いです(^^;)

ところで今回は、合宿でまたまた発揮させた世話焼き悠季の「親方」復活が楽しかったです。こういう裏方体質でソロの音楽家として大成するのだろうか、と少々心配な部分もあるんですが、悠季のこいうテキパキ働く姿がわりと好きです。

ところで、web KADOKAWAの新刊紹介では何故か
イタリアでのエミリオ先生との再会に気持ちを新たにした悠季は、定期演奏会でのソロ演奏にむけて邁進し始める。しかし、迎えた定期演奏会で、悠季の成功をねたむ評論家から悪意にみちた批評を受けて…!?
となってますが、今回のお話は定演終了までですので、これは夏頃になるという次回作の内容なのでは、とも思います。あとがきによると、秋月先生のご希望で前作『嵐の予感』に書ききれなかた部分を今回の作品にしたそうです。当初の予定にはなかったようですので、こうなってしまったのかもしれません。
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人騒がせなロメオ( 富士見二丁目交響楽団シリーズ )
2006-07-02 Sun 02:43
秋月こお 著  イラスト 後藤星
角川書店ルビー文庫 2006年7月1日発行

フジミシリーズ第6部の新刊です。発行日は7月1日になってますが、6月29日には書店に出ておりましたので、早速購入して読ませていただたきました。JUNE休刊以来書き下ろしになっているので、これまでは1冊で1話のお話だったのですが、今回は表題作の前に「ポルタメント序曲」が所収されていて、1話の長さがJUNE掲載当時に近いものになっています。

「ポルタメント序曲」では、いよいよフジミの専用練習場建設に向けて実行委員会を立ち上げようという話になっています。そんな折、コンテストに優勝してガラコンサートをやるソラ君の演奏を聴くために、悠季と圭はニューヨークに行くことになります。
そして「人騒がせなロメオ」は、音大で講師を務める悠季と、可愛い生徒(?)由之小路君や杏奈ちゃんとの、気苦労が絶えなそうなお話です。

フジミ新刊、楽しく読ませていただきました。しかし、私をBLに導いたと言っても過言ではないこのシーリーズですが、何というか、もはやBLでなくてもいいんじゃないかと思えてきました。何故かというと、悠季と圭の関係が安定しているので、あまりその部分に心惹かれなくなったからです。ふたりが愛しあっていて、お互いを気遣ったり、音楽性を認め合いそこに惹かれ、っていう関係は素敵だと思うんです。でも、前作でも思ったんですが、今回の2作でも、ふたりのベッドシーンが何か取って付けたようで、無くてもいいんじゃかとさえ感じてしまいました。

「ポルタメント序曲」には、互いの理解を深め合うためにと計画されている、悠季とM響の飯田さとのセッションの話も出てきます。メンバーを募集してカルテットで行こうという話になり、「人騒がせなロメオ」では由之小路君もからんで来ます。圭との関係より、悠季が彼らとの関係をどう発展させて行くのが気がかりだし、面白いんです。杏奈ちゃんをどう育てられるのか?とか。

今回久々に登場の遠藤君も、かつて音楽教師時代の悠季を手こずらせた生徒でしたが、あいかわらず大迷惑をかけつつも自分の道を見つけつつあるようです。マミーとまで呼ばれて世話していたソラ君だって立派に音楽家として独り立ちしようとしているし、出来過ぎた話ではあるけれど、そういう周りの人たちとの関わりがとっても良く描かれていて面白いです。私にとっては、悠季と圭の恋愛問題というより、ふたりが周りの人々とどのように関わって成長して行くのかに、興味を持つ物語になって来ました。

それから。ずっと以前の圭と生島さんの番外編で、圭がやがて音楽家として活躍し、短くも華々しく世界的に注目されることになる、というような締めくくりの作品があったと記憶しています。そういう気になる終わり方は反則ですよ~、秋月せんせい~、と思ってたんですが、やっとその結末が見えかかって来たような気もするのが「ポルタメント序曲」でした。「短くも・・・」と言われたら、考えられる結末は2つくらいですよね。そしてその一つは悲しすぎる結末です。でも幸いな事に、そっちではない結末に向かって行きそうな事が具体化して来たようで、安心して先を楽しみに出来そうです。
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寒冷前線コンダクター ( 富士見二丁目交響楽団シリーズ )
2006-02-10 Fri 23:54
秋月こお 著  イラスト 西炯子
角川書店ルビー文庫 1994年4月発行

表題作でもある第1話「寒冷前線コンダクター」が小説JUNE57号(1992年10月号)に掲載されてから続く人気シリーズの第1巻。表題作の他、「D線上のアリア」( 小説JUNE60号1993年4月号 掲載 )を所収。著者の秋月さんは、中島梓の小説道場出身で1989年小説JUNE12月号でデビュー。通称フジミと呼ばれるこのシーリーズの他にも、数多くのBL系作品を発表している実力派人気作家です。フジミシリーズは、小説JUNEが休刊状態になってからも、ルビー文庫やハードカバー本書下ろしで物語は続行中です。(イラストは後藤星さんに代わっています)

実は、パソ通でお知り合いになった秋月さんファンの方にこのシリーズを紹介されたのが、BL系作品にハマるきっかけでした。二次創作の「やおい」は知っていても、オリジナルのBL系作品は全く知らなかった私が興味を持ったのは、女性作家が女性読者に向けて書くベッドシーンでした。男性作家が書いた官能小説を少し読んだことがありましたが、描かれている女性が何とも男性に都合がよい良い女で、「こんな女いねぇよ」と納得いかない思いをしました。それがずっと引っ掛かっていたので、女性が女性のためにかく官能シーンってどんなものかと思ったのです。

そんな邪な理由で手に取った本書、ベッドシーンは普通の官能小説以上にあり得ないものでしたが、不愉快なものではありませんでした。逆に男性が読んだら「こんな男いねぇよ」と納得いかない事でしょうが、そこらあたりのセクシャルファンタジーに対する男女の感じ方の違いが、BL作品を必要とする女性読者を増やすのでしょう。そして私もそのひとりになった訳です。

さて物語は、主人公守村悠季がコンサートマスターを務める富士見交響楽団(フジミ)に、芸大出で留学帰りという桐ノ院圭が指揮者としてやって来くる所から始まります。私立の音大は出たけれど、臨時採用の音楽教師になるより道がなかった自分に比べ、年下(半年ですが)なのに才能も自信も人望もある圭に、嫉妬と羨望の入り混じった苛立ちを感じます。しだいに圭に対する反感を強めるとともに、演奏者としても楽団員としても自信を喪失していく悠季は、自分が楽団を辞める事を考えるようになります。そこに至るまでの出来事や心理描写がとてもリアルに描かれていて、どんどん悠季に感情移入して行きました。

そして終に煮詰まった悠季が楽団を辞める事を圭に告げた時、悠季に恋する余り思い詰めていた圭は、強姦という暴挙にでてしまいます。そんな事、実際はシリアスな展開な筈なのに、急転直下何だかコミカルとさえ云える展開になって行き、圭が案外子どもっぽくて可愛い奴なんだと、悠季も、そして読者も気が付きます。圭の気持ちは受入れられないけれど、結局彼の行為は許して、共にフジミを盛り上げて行こうという結論に達し、楽団の運営と絡めながら圭と悠季の恋愛模様が描かれていく事になります。

「寒冷前線コンダクター」のラストで、悠季はフジミ団員である意中の女性川島さんに告白して、きっぱりと振られてしまいます。その上、実は圭に好意を寄せて断られていた川島さんは、圭の悠季に対する気持ちを知っていて、逆にそっちを応援されてしまいます。川島さんが圭を好きだった事は悠季も知っていて、あえて振られる為に告白した様なのもだったのですが、踏ん切りが着いた様な悠季より、川島さんの方が辛かったかもしませんね。でもこの先、川島さんは悠季と圭の良き理解者のひとりとなります。川島奈津子さん、格好良い女性です。

「D線上のアリア」は、新入団員の大学生八坂に悠季がひどりセクハラを受ける話です。演奏もイマイチなのにあまり練習熱心でない八坂に、親切にも個人レッスンをしてやる悠季ですが、何を勘違いしたのか八坂に恩を仇で返すような仕打ちをされてしまいます。思わず圭に助けを求めてしまう悠季ですが、圭は物凄い勢いで八坂に報復に行きます。

悠季は、圭とそいう関係を持ってしまった為に、男性からも性的対象として見られるようになったのか、とにかく災難な事でしたが、その後を全く描かれない八坂も、あれからどうしたんだろと気になる所です。

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